Ⅰ.文字•語彙(25分)
一、次の文の下線部の漢字の読み方を平仮名で書きなさい。(0.5点×10=5点)
1、日本人が庭に求めるのはミニチュアであり、その自然志向は意志を山に、砂を水に見立てた①枯山水の②屈折した③操作を含む庭まで一貫している。これは結局、自然は克服すべき対象としてではなく、親和的な環境として捉える日本自然観に由来するもので、④無論、ぼくの⑤雑木林好みもその影響下にあると言えるだろう。
2、桜は時には⑥無気味な暗さを見せ、移ろいの⑦儚さをみせ、死の相を見せる。そして時には生の⑧歓喜の表情を見せ、しぶとさを見せ、豊かな⑨実りの⑩予兆となる。
二、次の文の下線部の平仮名を漢字で書きなさい。(0.5×10=5点)
人間と言うのは、ともすれば①あんいな方向に流されてしまうものである。穏やかな環境の下で②はなみをし、自然を③まんきつし、自分の④つごうで自然を賛美する。雨が降り、風が吹き、雪が降り、或いは逆に日が照り輝きすぎるのが嫌が、そうした自然の⑤いとなみの中で植物も⑥どうぶつも他の様々⑦せいぶつが健やかに育っていく。だが、人間だけは、そうした自然の営みの中で自分に⑧かいてきなことだけをよしとしている。自ら精神的にも⑨にくたい的にも自然に⑩てきおうできなくしている。
三、次の文の( )に入れるのに最も正しいものをABCDから選びなさい(1×15=15点)
① 役場で税金を( )める。
A収 B 修 C 納 D 治
② 本県産業の( )をはかった。
A 進行 B 振興 C 侵攻 D 信仰
③ このことに( )が薄いのは、残念だ。
A 感心 B 関心 C 歓心 D 甘心
④ ( )を濁すような返答は ごまかすという。
A お湯 B お汁 C お茶 D お酒
⑤ 立板に( )のような言い方は、休みなく言うという意味です。
A 油 B 矢 C 豆 D 水
⑥ 私たちは、目の前のことに最善を( )いきたいです。
A 注いで B 働いて C 尽くして D 供して
⑦ 言い過ぎに注意する必要があります。 言いたい( )はストレス解消になりまが、 相手にストレスを与えることになります。
A 放題 B ひたすら C せめて D あくまでも
⑧ この世にあるもので、一つとして過ぎ去らないものは無い、( )その中で、誠を残したい。
A せめて B あくまでも C はなはだ D どうか
⑨ 渡る世間は( )ばかり。
A 怪物 B妖怪 C 鬼 D お化け
⑩ 昨日、大変ショック
A をした B だった C しなかった Dをする
⑪ 陶芸家三浦圭司さんの個展が19日、岩国市周東町上久原( )で始まった。
A スピーチ B スペース C ギャラリー D ピンチ
⑫ 苦難に立ち向かう時、人生の熟練者=( )の言葉に耳を傾けてみませんか。
A プロ B スーパー C エリート D ベテラン
⑬ 雷にあって、命( )山小屋に着いた。
A からから B からがら C びしょびしょ D がらがら
⑭ 雑談に( )いて客が来たのに気付かない。
A 入って B 夢中 C ふけって D ふけて
⑮ さっそくご返事を差し上げるべきところ、なにかと雑事に( )、申し訳ございませんでした。
A 駆られ B 追われ C 焦られ Dさらされ
Ⅱ 文法
一、 次の文の( )に入れるのに最も正しいものをA•B•C•Dから選びなさい(1×20=20点)
① いろいろ考えた( )、彼と別れることにした。
A ことに B ほかに Cかぎり Dあげく
② 一つでも悪いことがあると、何でも悪く考え だ。
A かつ B がち C たい D っぽい
③ 今年の米は温度な気候と適度な雨量とが( )農作となった。
Aあざむいて B あいまって C あてがって D あたいして
④ 母校のチームが去年の優勝校を破ったからと言って、それほど驚くには( )。
A あたらない B もとづかない C そういない D たえない
⑤ 大学は出た( )、就職難で仕事が見つからない。
A とたんに B そばから Cところへ Dものの
⑥ ご注文の品物ができあがりましたので、今度の日曜日にお届けに( )よろしいでしょうか。」 「ええ、お願いします。」
A あがっても B おいでになっても
C みえても D うけたまわっても
⑦ 彼は男( )、実に竹を割ったような性格です。
A らしくて Bのように C ごとく D だらけ
⑧ できる( )、一ヶ月ぐらい休暇を取りたいなあ。
Aものなら B ことなら C と言って Dことなしに
⑨ 弟は、酒が飲めない( )ぜんぜん飲めないわけではない。
Aというより B としたら C どころか Dといっても
⑩ 暑い( )そんなに冷たいものばかり飲んではいけない。
A だけあって B のみならず C にかかわらず Dからといって
⑪ 学校では、アメリカの子どもたちに、家では日本の子どもたちに、何か( )彼らとの違いを笑われていた。
Aかけて Bにつけて Cにひたして Dにおいて
⑫ 物事をはっきりさせれば、いやおうなく相手との食い違いが出てくるからである。そうなれば( )。
A 争わなくて済む B 争うざる得なくなる
C 争わざるを得なくなる D 争ってしまう
⑬ 一見( )植物に見えますが、 実は猛毒を持った危険な植物です。
A とんでもない B 何の変哲もない C 途方もない D なにもない
⑭ 上司は時間にとても厳しい人です。一分でも ( )ものなら、ひどく叱られる。
A 遅刻する B 遅刻しない C 遅刻しよう D遅刻できる。
⑮ 期するところを少なくすれば、苦痛は 軽減される。
A それなり B それだけ C すこしでも D それほど
⑯ 学生が卒業して、良い仕事に付けたら、先生( )嬉しいに決まっている。
A とて B とも C とは D とか
⑰ あの人は大学の学長( )若すぎると思う。
Aにしても B にとっては C においては D にしては
⑱ 政治家( )者は、自分の発言に責任を持つべきだ。
A する B とる Cたる D みる
⑲ 「巧妇难为无米之炊」は、日本語の「無い袖は振れない」に当たる。つまり、いくら器用な嫁でも、米なしではご飯を( )。
A 作れるに作らない B作るに作らない
C 作るに作れない D作れるに作れない
⑳ ( )あんな男と結婚するとは,とうてい考えられません。
A よりによって B ことによって C ものによって D ところによって
二、 次の古文を現代日本語に訳しなさい。(5点)
① 瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして思ばゆ
② ゆく水遠く梅にほふ里
③ 初心を忘るべからず
④ 風たちぬ
⑤ 秋は来にけり
Ⅲ 読解(5点×10=50点)
文章(1)
大学生や大学をめぐっては「学力低下」で今の大学生は九九さえできない的な言い方が大学の教師の側からされて久しい。そういう人たちはたいてい戦前の旧制高校的な「教養」を「教養」の定義としているのだが、「まんがを教える大学」の登場はそういう人たちからすれば末期的現象なのかもしれない。まあ、それも一理ある。何しろ、ぼくが「教授」なのだ。でもね、と四年を大学で過ごした新米教師は思う。大学というのは思いのほか、可能性に満ちている場所ではないか、と。(中略)
そしてこれはとても大切なことだが、ぼくは大学で教えるのは(問①ア)のである。
「論壇」にいたころ(注1)、大学の先生の肩書きがある人とよく対談などで話すことがあったが、彼らは一様に、教えることがあまり好きではなさそうだった。中にはゼミを放り出して国会議員になった人も何人かいたが、まあ、そうなんだろうなとその時話した時の印象からは思う。
そもそもぼくの大学で、ぼくが教えていて幸福なのは、学生たちが心から「教わりたい」と思っているからだ。当たり前だが「教わりたい」学生に「教える」ことがおもしろくないはずがないのである。この一点が、多分、ぼくと、大学生の学力についてただ嘆くだけの先生たちとの間にある決定的な違いではないか、と感じる。
東大や京大に行って優秀な成績で卒業して官僚になりたい、などという特殊な生徒はともかく、大抵の子は高校生の時点で自分の将来像と受験する大学を深く結びつけて考えることはほとんどしない。「文系」「理系」に分かれはしても、模試の偏差値(注2)と相談しつつ、入れてくれそうな学部や学科を一通り受験してみる、というのが昔も今も普通であるはずだ。ぼくが非常勤で教えていたけっこう名門の女子大でさえ、「英文科」(今は名前が変わったけれど)は「英会話をやるのかと思っていたら英語の小説の研究をするので驚いた」と真顔で言っていた女子大生がいた。(中略)
高校生の時点での「やりたいこと」と「自分の思い描く将来」そして、その二つを結びつける具体的な手段としての「大学で勉強したいこと」、この三つをきちんと結びつけ受験しろ、と高校生に言うのは簡単だが問②実際にはとても難しい。
(大塚英志『大学論』による)
注1:「論壇」にいたころ:筆者が大学教授になる前に評論家をしていたころ
注2:模試の偏差値:模擬試験の結果をもとに受験者の能力を示した数字のこと
問①( ア )に入れるのに最も適当な語句はどれか。
A わりと、「つまらない」
B あまり、「好きじゃない」
C とても、「おもしろい」
D むしろ、「教わりたい」
問②実際にはとても難しい」とあるが、筆者はその理由をどう考えているか。
A 自分の将来がどうなるかなど誰にもわかるはずがないから
B 行きたい大学でも入試の点数が足りなければ入れないから
C 普通の高校生は、入れるかどうかで大学を選ぶものだから
D 学部や学科の名称と学ぶ内容が一致しない場合もあるから
問③ 筆者の大学に対する考えにあっているものはどれか。
A 教えたくない教員が教わりたくない学生に教える場が大学だ
B 将来の計画を持たない学生に希望を与えるのが大学の役割だ
C 学生に不足している知識や学力を補うのが大学教育の目的だ
D 大学とは知識だけでなく様々なことが学べる場であるべきだ
文章(2)
経済原理の教育現場への無理な導入よりも、もっと根本的で深刻な問題は、子どもが一人の人間、大人と同じ人格を持った存在として尊重されていないことでしょう。実は日本では、大人と同様に心に大きな問題を抱えている子どもが驚くほど多いのです。ユニセフが行った世界的な調査で「孤独を感じることはあるか?」という問いに対して「感じている」と答えた子どもの比率が、日本は29.8%と飛び抜けて多い。
しかしこの心の問題には、ほとんど対応策が取られていません。崩壊している日本の教育を立て直すためにはまず、新指導要領など、カリキュラムをいじることよりも、問⑤この深刻な状況を、ひとりでも多くの人に知ってもらうことが必要です。
そのための良い指針になるのが、日本が1994年に批准した「子どもの権利条約」。しかしなぜか文部科学省はこの広報活動に消極的で、具体的な方針も打ち出していません。
むしろ最近は、2006年に行われた、公立学校のゼロ•トレランス(寛容度がゼロということ)と呼ばれる生徒指導の方針の厳罰主義への大転換のように、子どもを追い詰める、世界とは真逆の方向に向かっています。この生徒指導の問題も、また学力低下の問題においても、まず、子どもをケアすることで解決に導くのが「社会の力量」ではないでしょうか。
(尾木直樹『日本の教育、ここが問題だ』による)
問④筆者がこの文章で一番言いたいことはどんなことか。
A 教育現場に経済原理を導入すべきだ。
B 子供の心の問題に注目する必要がある。
C 大人の孤独を感じる問題に対応策をとらなければならない。
D 公立学校による厳罰主義を採用しなくてもいい。
問⑤この深刻な状況」はどんなことを指しているか。
A 心に大きな問題を抱えている子供が多いこと。
B 孤独を感じている子供は大人よりずっと多いこと。
C 心の問題への対応策を公開してはいけないこと。
D 新しい日本の教育を打ち立てる必要があること。
文章(3)
「日本に魅力があるうちに開国を」と訴えるのは早稲田大のカワン・スタント教授。米国やシンガポールなどのように、優秀なアジア人に門戸を開ければ、少子化で停滞する日本は再び活性化すると主張する。インドネシアの華人で1974年に来日。東京工業大、東北大で博士号を取得したが、日本で研究職に就けず米国へ。
93年に日本に戻り、新設大学の教授になったが、やる気のない学生であふれていた。「人間ほど大事な資源はない。日本にはほかに資源がないのに」。以後、日本の教育に警鐘を鳴らし続け、昨年8月に2冊目の著書『感動教育』を出版した。
「日本の学生は非常に内向き。留学生をもっと受け入れれば違う国の人の意見はこんなに面白いのかと気付くはずだ」。
(2011年1月24日付新潟日報による)
問⑥スタント教授の主張にあうものはどれか。
A 日本に留学や就職をする外国人を増やす努力をすべきだ
B 優秀なアジア人の留学生は新設大学に入学させるべきだ
C 日本の学生は内向きにならず、もっと海外留学すべきだ
D 経済を活性化するためにはアジア諸国と貿易するべきだ
文章(4)
熱心に勉強しているけどうまく話せないそんな人が、どんな教材で勉強しているのか聞くと、ゆっくりで丁寧な発音の音声を聞いてやっているんですよ。アメリカにはゆっくり丁寧に発音する人はほとんどいないんじゃないですか。問⑦存在しない英語を聞いても覚えても意味ないですよね。
(英会話教材の広告による)
問⑦「存在しない英語」とは何を指すか。
A 古い教科書の中の英語のこと
B ゆっくり発音した英語のこと
C 英語学習者の話す英語のこと
D アメリカ人の話す英語のこと
文章(5)
「旅人は不思議なものを見る」とよく言われるが、これは旅人の報告する不思議な話が現代のように微に入り細にわたる科学的調査にさらされなかった時代、とくにそうである。というのも、我々の先祖は与えられるもので満足していたからだ。それに、だいたいにおいて在宅人種であったから、彼らは書物で読む話に反論などできなかったのである。そのような盲信の時代には、問⑧それなりの快適さがあったに違いない。人はみな語られた事柄をそのまま信じたのだから。
(ジョン・アストン『奇怪動物百科』)
問⑧ 筆者が下線部のように言うのはどうしてだと考えられるか。
A 旅人の不思議な話を好きなだけ聞けたから
B 科学的な調査を行なう面倒がなかったから
C 家にいるだけで様々な情報が得られたから
D 人を疑う必要も、疑われる必要もないから
文章(6)
そもそも人間が事故を起こしにくいものです。人間は賢く、事故を回避することに長けています。日常生活の中で実にいろいろな行動を無事故でこなしています。道路を歩き、車を運転し、料理を作り、力仕事をし、人と会話するなど、多種多様の行動ができて当たり前なのです。多少の失敗は犯すものの、大怪我をするような大事故はそれほど頻繁に起こしません。
(問⑨イ)では、事故が起こる場合とは、ふつうの作業と何が違うのでしょうか。
事故の本質は「手遅れ」です。「何か変だぞ」と気づいた時には後の祭りで、悲劇的な結末に至らざるを得なくなっていたという構造が、事故には必ずあります。つまり、事故とは回避が手遅れになるまで危険を気付かせない罠に人間がかかる現象といえます。
( 問⑩ウ)事故を考える際、異変に気付くタイミングが問題です。一見、危険な作業であっても、手遅れになる前に異変に気づけば、人間はそこから逃れることができます。たとえば、高速道路を時速100キロで走行することは、事故になった場合に大きな破壊が起こりますから、危険なように見えます。しかし、車間距離を十分に取って走っている限りは、道路の前方で異変が起きてもそれを避けることができます。危険を避けることが間に合うので安全なのです。
逆に、簡単そうな作業に見えても、異変がなかなか露見せず、気づいた時には手遅れであるかな、事故が多発します。
(中田亨『ヒューマンエラーを防ぐ知恵』化学同人による)
問⑨(イ)について、筆者は両者の違いを何だと考えているか。
A 問題となる作業自体の危険性が高いか低いか
B 大きな破壊が生じやすい構造があるかないか
C 物事を行うタイミングが良かったのかどうか
D 素早く異変に気付くことができたのかどうか
問⑩(ウ)について、なぜそう言えるのか。
A 危険な状況でも回避する余裕があれば事故にならないから
B 事故になるかどうかは偶然性に左右されているものだから
C 危険な状況では、一瞬の判断の遅れが事故につながるから
D どのような状況でもタイミングが良ければ逃げられるから
注:バイパス:市街地の道路の混雑を避け、車を迂回させるために設ける道路
Ⅳ.作文(50点)
テーマ:「見えるマナーと見えないマナー」
注意点:
①通体で書くこと。 ②字数は600~700字とする。 ③自身の氏名、出身校を書いてはいけないこと。
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